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精神病者による社会改善要求

一般家庭の子供達が集まる公立小学校にもクラスに1人は、国をよくしたい、地元をよくしたいと思い、それを実現するためにはどうすればよいかを本気で考えている天才が存在するものだが、そのエネルギーはときに暴発し、犯罪という形で社会に衝撃を与えることもある。ライシャワー事件はその最たるものだ。

十九歳・テロルの季節―ライシャワー米駐日大使刺傷事件十九歳・テロルの季節―ライシャワー米駐日大使刺傷事件
(1989/08)
岡村 青

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ライシャワー事件とは、1964年、米国の東洋史研究者で当時の駐日アメリカ大使のライシャワーが米国大使館の前で19歳の統合失調症患者(当時は精神分裂病)にナイフで刺されたという事件。
ライシャワーは日本人を妻に持つ、日本の古代史、文化に精通する知日家、親日家、学者であり、飾り気もなく気取らないリベラルな性格ゆえ日本国民に人気の大使だったことからショックは極めて大きかった。
また、戦後の反米感情が下火になり、民主主義を受け入れ、これから本格的な日米蜜月時代に入ろうとした矢先に起きたことから、日本国民は「暴力に訴えるなんて同じ日本人として恥ずかしい」と、かつての同様の事件の際には聞かれなかった言葉を発した。とりわけ、問題をこじらせたくない日本国家は精神病者の暴走としてこの事件を一蹴した。
さらに、向精神薬の発達や人権意識の高まりにより、入院医療が中心だった日本においても脱施設化が叫ばれるようになっていた時期だったが、この事件をきっかけに精神障害者の取り締まり強化を促してしまった。また、輸血したライシャワーが肝炎になったことから輸血問題としても社会を動かした。

そして、犯人(以下S)の主張に耳を傾けるものなど皆無であった。

Sは事件後取調官に対して反省の色を全く見せずむしろ確信犯的に淡々と「自分の考えを多くの人に知ってもらうことができたので満足しています。自分の行為にも恥じるところはありませんし、別に悪いと思ってません」と答えたという。このあどけなさが残る19歳からは想像もできない供述内容に、凶悪犯罪やこの種のテロ事件に慣れているはずの担当刑事もさすがにうろたえたという。

その後、Sの主張は実に奥が深く興味深いものであることが分かってくる。

心病める人たち―開かれた精神医療へ (岩波新書)心病める人たち―開かれた精神医療へ (岩波新書)
(1990/05/21)
石川 信義

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ライシャワー事件の後、都立松沢病院で犯人の主治医を一年間務めた石川信義・精神科医の著書であるがそのP33にそれは記述されている。

その頃、授業に身が入りませんでした。男女共学で、女性の方に気が散ってしまうのです。だから教室では、前半分の席に男、後半分に女、そう座らせてくれればありがたいと思いました」、「本は三〇センチ離して読めとよく言いますが、あれは間違いです。僕も近眼になりましたし。三五センチ離すのが正しいんです。」

Sは、この考えを実行させることは、自分だけでなく他の多くの学生を救うことになると真剣に考えるようになり、新聞へ投稿したり、何回も文部省宛に意見書を送った。当然のことながら何の音沙汰もない。彼は次第に思いつめ、なんとか記者会見を開いて自分のこの考えを伝えたいと思うようになった。ライシャワーを標的にしたのは、戦後の米国支配による日本の教育体制に異議があったからだ。

石川氏はSの犯行を病気のなせる業と一蹴してしまっているが、これは病気などではなく、列記とした天才からの社会改善要求である。今日の日本は至るところでその社会システムの限界が露呈されているがその改善のヒントにも十分値するものである。
とりわけ現在の日本の女生徒はブラジャーが透けるシャツと、冬でも太ももを露出したミニスカートで堂々と通学し授業を受けているわけだが、これが勉強に従事する生徒として好ましい服装なのだろうか。風紀上の問題はもちろん彼女達の後の健康などを考えれば本人にとっても社会にとっても得をすることは何一つないだろう。日本が世界に誇る国民皆保険を基盤とする医療制度も崩壊寸前である。さらに、女性自身も危険な目に合うし、突発的な仕組みの性欲を制御しながら生きる男はそれだけで疲弊してしまう。そろそろSの言うことをよく聞いてその場しのぎの快楽主義や無関心主義をやめてけじめをつける時に来ているのではないか。
近眼の問題は生物学的にはちょっと分からないが、犯人のその細部にまで及ぶこだわりと熱意、行動力は研究者や起業家としての素質を十分に示していると言える。いよいよ、本格的なグローバル時代を迎え、高付加価値製品の開発でしか世界と戦えない状況に追い詰められている現代日本は、このような者の素質を認め、存分に発揮してもらわなければならないはずだ。普通の人からすればどうでもいいようなこだわりこそが優れた製品の開発につながるのである。

戦後の復興期を乗り越え高度成長期を迎えやがてバブルを経験し成熟した社会に生きる日本人の中で様々な問題が噴出しているにもかかわらず、戦後から一貫して続く時代遅れの教育体制そのものに疑問を持つものは少ない。このような不毛な時代においてSのような知能犯が存在したことを思い出すのは有意義なことと言えよう。

Sは1944年に静岡県沼津市に五人兄弟の末子として生まれた。Sは目立たないタイプで親友と言える者はいなかったが、本を読むことが好きで勉強はできる方であった。しかし、中三から高一にかけて奇異な点が目立つようになり、成績が下がり始め不登校へと至る。そして、家庭内暴力を起こすようになる。しかし、近視やメニエール病(内耳の難病)が少なからずその影にあることを家族が知るのはその一年後であった。また、Sが事件後「親といえば、僕の記憶のなかにはいつも忙しなく働いている姿しかありませんでした・・・」と語るように、両親は戦後の混乱期に5人も子供がいる状況の上、父が病弱体質だったこともあり常に商売が忙しかった。

戦後は子だくさんの家庭も多く、電化製品など何もない不自由で貧乏な生活が当たり前であり、満足な食事もままならなかったことから仕方ないところもあるのは確かだが、Sの両親は我が子のこだわりや行動力を肯定する英才教育など考えもしなかったのだろう。理由はさておき、自分の子供の才を見出し、それを伸ばすという最低限の親の仕事はこの両親にとっては荷が重すぎた。そして、そうでありながら進学だけは神頼み的に切望するという最低の親の模範となってしまったわけだ。

Sの特性を研究者に結びつけようとする意識と技量が親になかったことが大前提として、様々な偶然も重なり歴史的事件は起きたのである。凶悪な事件をはじめ、世の中に起こりうるありとあらゆる結果には必ず原因がある。精神病自体がその原因になることなど一切無く、むしろ精神医学は事の本質をごまかすために存在していると言える。精神病と言われる状態に陥る根本的原因を探究する努力を怠ってはいけないのだ。

なお、Sの人生をかけた主張を病気と一蹴した石川氏は精神病者の日本社会への解放を訴え続ける精神科医である。そうならば、ライシャワー事件のSのような者による主張やその背景にあるものを吟味し、時にはそれを肯定しなければならないのではないか。大衆迎合で問題が解決し大衆が幸せになることなどないのだ。大半の精神科医は大衆迎合で生計を立てる俗物なのである。
また、十九歳テロルの季節を著した岡村青氏は、Sが決して単なる精神異常者ではなく政治的思想的確信犯であることをSに代わって訴える思いがまず初めにあったと語っている。世俗に逆らうことは勇気と忍耐が必要である。とりわけ精神医学が絡む歴史的事件ともなるとなおさらのことだ。このような作家はもっと評価されなければならない。

Sは数年後に閉鎖病棟で自殺しているが、時代の趨勢や感情、偶発性に左右される精神医学のいい加減さを証明する事件だったとも言えるだろう。
.06 2011    ライシャワー事件 comment0 trackback0

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藤家孟志(ふじいえたけし)

Author:藤家孟志(ふじいえたけし)
アスペルガー問題を研究している一般の男です。

この研究を基に、アスペルガーの世界に迷い込んでしまった人を一人でも多く普通の世界に連れ戻すことができたら幸いです。

何かありましたら  fuzietake@gmail.com  までよろしくです。

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