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英才教育の基本

アスペルガーなどという精神医学用語が日本で一般的になってもう10年以上が経過した。最初に診断された子供たちはもう大人になっているわけだが、彼らが自立したという話を聞いたことはない。精神医学者はこの結果を正々堂々と世間一般に告知すべきだ。

彼らがどのように扱われたかと言えば、精神科を受診し、どうとでも取れる診断名をつけられ、やれ療育だのやれ薬物治療だのと痛めつけられた。そして、この有様である。

結果が全く出ていないどころかますます混乱、迷走しているのだから、そろそろ彼らのあり方を巡って、発想の抜本的転換が求められている。

あなたの「いのち」をいただきます―先生といえば親も同然、親といえば先生も同然 (新書ヴィレッジブックス)あなたの「いのち」をいただきます―先生といえば親も同然、親といえば先生も同然 (新書ヴィレッジブックス)
(2007/11)
永 六輔

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著者は放送作家の永六輔。「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」などの作詞家としても知られる永六輔を育てた両親は非常に達観した優れた人物だった。本書のP35に素晴らしい英才教育が披露されている。

なんでも、父親は「自分はあなたの親になったんじゃない。あなたに親にさせていただいたんだ」と言っていたという。永六輔が子育てする番になって父のように振る舞おうとしたら、大変な我慢と努力が必要だったと語っている。また、空襲などで落ち着いて勉強できる環境ではなかったが、父は「辞書」を引くことを奨めたという。長野への疎開時はわざわざ母に辞書を届けさせたぐらいだった。
そして、母親も叱ったり自分の意見を言うことが一切ない、いつもニコニコしているだけの空気のような人だったという。同じく永六輔はそのことがどれだけ勇気を必要とすることかと敬服している。

尾木ママの「叱らない」子育て論尾木ママの「叱らない」子育て論
(2011/02)
尾木 直樹

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一般的に子供だからと侮っていた方が精神的に楽だし、本当の愛情を注ぐことより、感覚過敏だ多動性だアスペルガーだと騒ぎたて、殴ったり薬の力を借りて抑え付けた方が手っ取り早い。何かと短絡的な解決を望む現代の親が見習うことは多いだろう。

きたかぜとたいようきたかぜとたいよう
(1962/01/01)
ラ・フォンテーヌ

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イソップ寓話の代表作の一つ「北風と太陽」。寓話は必ず教訓を含んでいるものだが、この場合の教訓とはなんだろうか。旅人の上着を脱がせるには厳罰で冷淡な態度の北風ではなく、寛容で温厚な態度の太陽が勝利することから、厳罰的な態度より寛容的態度で臨む方が最終的によい結果が得られるということだ。

自然農法 わら一本の革命自然農法 わら一本の革命
(2004/08/20)
福岡 正信

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著者は知る人ぞ知る、福岡正信。そう遠くない未来の世界で偉人として崇められるであろう人物だ。彼が提唱したのは自然農法といって、なんと、草と虫を敵とせず、逆にできる限り味方にして農作物を作ってしまおうというものだ。驚くことに、この農法でほぼすべての農作物は問題なく収穫できてしまう。

一般的に、農業は、農耕という言葉が使われることからも、耕すことによってその土地の虫や草は皆殺しにするのが普通だ。だから農耕が環境によいというのは嘘っぱちで、人類はそれをさらなるものにするために農薬と化学肥料を生み出した。しかし、これが健康面、環境面、コスト面と様々な側面から見直しを余儀なくされている。

ただし、自然農法は普及しているとはとても言えない状況で自然の名を借りた如何わしい農法による農作物が氾濫してしまっているのが現実だ。もっとも、今後はTPP問題も絡んで、その差別化の一環として日本で真の自然農法が爆発的に広まる可能性はある。

発想の転換は教育の現場だけでなく、農業の現場でも必要のようだ。そして、これは転換期を迎えた人類の共通した課題と言える。

『求めない』 加島祥造『求めない』 加島祥造
(2007/06/29)
加島 祥造

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この本には「求めない・・・すると・・・」という文が延々と出現する。著者の加島氏曰く、どうしても人間は求める存在でそれをよく承知した上での「求めない」であり、求めないですむことは求めないということらしい。

その子供が天才であろうがなかろうが、どちらにしろ、今の日本の大人達はあまりに手っ取り早くかつリスクの無い子供の成長を求めすぎである。「求めない」は日本全体、とりわけ教育の世界においてはもっとも必要なことではないか。
彼らの内部に眠る持って生まれた才能を目覚めさせてもらうには周囲の人間が求めないこと。これが英才教育の登竜門となる。

「求めない」が目から鱗になってもらえれば幸いだ。

たけしの挑戦状たけしの挑戦状
(1986/12/10)
FAMILY COMPUTER

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たけしの挑戦状は、日本の芸能界のラスボス的存在であり、また芸能界で唯一?専門的な数学に興味を持つビートたけしの思いつきがそのまま企画となったとされる伝説のクソゲー。

そのあまりに不条理で常識はずれな数々の仕掛けは当時、相当な話題となったものだが、その中に「一時間何もしないで待つ」というものがあった。

ファイナルファンタジーV アドバンスファイナルファンタジーV アドバンス
(2006/10/12)
GAMEBOY ADVANCE

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そして、ドラゴンクエストと共にRPGゲーム界の双璧をなすファァイナルファンタジーのシリーズ5にも何もしないことが求められる場面ある。それはこちらのやることをまねして凄まじい攻撃を繰り出してくる特性を持つ「ものまねしゴゴ」という敵との対戦の時だ。しかし、こちらが何もしなければ何もまねすることがないという論法で、何もせずに数分放置すればそれだけで勝利となる。ちなみに、かなり工夫すれば普通に倒すことも可能らしい。

ゲームはいらない経済かもしれないが、いずれにせよ、関与は必要最小限、できるかぎり何もしないことが、英才教育の世界では美徳ということになるので覚えておいてほしい。

「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト (角川oneテーマ21)「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト (角川oneテーマ21)
(2006/02)
小菅 正夫

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著者は、もはや知らない者はいないであろう北海道の旭山動物園を築いた小菅正夫。決して恵まれた場所に存在しているわけでもなければ珍獣やサーカスも存在しない。ではなぜ、大人まで喜ぶ日本のトップ動物園に変貌したのであろう。
それは、小菅氏の発想の転換が奇跡をもたらしたとしかいいようがない。小菅氏は動物に英才教育を施したのである。こういう話をすると、ムチで叩いて動物を徹底管理していると思われることが多いのだが、もちろん小菅氏はそんな愚かなスパルタ教育は一切していない。小菅氏は動物が本来持っている能力を存分に発揮できるようにちょっと工夫しただけなのである。
ペンギンはヨチヨチ歩きしかできないのろまな動物であり、飛ぶことのできない惨めな鳥(ペンギンは哺乳類でなく鳥類である)と思われがちだ。しかし、飛べない代償に泳ぐ能力が備わっている。水中に入ると驚くほどのスピードでまるで空を飛んでいるように泳ぐ。これをよく観察できるように水中ドームを作ったのだ。
そしてホッキョクグマには巨大なガラス越しのプールを作り、知的好奇心が強く人間に寄って来やすい特性を持つアザラシには円柱トンネルを作ってペンギンと同様その見事な泳ぎを拝見できるように工夫した。また、オランウータンには高いところにロープを設置することで握力400kgの能力を活かしてそこを渡っていく様子を見られるように工夫した。さらに、動物園の鳥を羽を切って飛べない状態にしておくものだが、そんな虐待行為は一切やめ、巨大な鳥かごを作って堂々と空を飛べるように工夫した。
他にも様々な動物に対して様々な仕掛けがあるが、それらはすべて、人間の都合ではなく動物の視点に立って、その能力を肯定しそれを存分に発揮できるように工夫しただけなのである。

すなわち、英才教育とは、その子供の視点で、生まれつき持って生まれた才能を自然な形で開花させてもらうための教育である。

困ったことに、そして悲しいことに、英才教育とはムチで叩いて行う厳しい教育のことだと偉大なる勘違いをしている者が多いのだが、真の英才教育はその対極の教育ということだ。

ただし、動物は人間と違って高度に脳が発達しているわけではなくその種族ごとに持って生まれた能力が明確な形で備わっているのだが、人間の場合は同じ人間であってもそれぞれの者が様々な能力を持っており、しかもそれが安易かつ明確に判別できるものではない。とりわけ知的な才能は複雑で今までの日本社会では邪魔になることも多く、一般の親、教師、医師ではなかなか理解できない。このため見逃されたり畏怖されてしまうケースも多い。

なお、小菅氏はこれを「行動展示」と呼んでいるが、「英才展示」あるいは「天才展示」にしてもらえないだろうか。もちろん、日本の病んだ教育を根本的に変えるためにだ。

DEATH NOTE (9) (ジャンプ・コミックス)DEATH NOTE (9) (ジャンプ・コミックス)
(2005/12/02)
小畑 健

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デスノート第9巻p97において、この漫画に出てくるニアという天才児が面白いことを言い放っている。この漫画に出てくる名言の一つだ。

この漫画の主人公である夜神月が犯人であるとわずかな疑念から決めつけてかかるニアに対して部下のレスター指揮官が「少し決めつけすぎでは?」と諌めるのだが、パジャマ姿のニアはおもちゃで遊びながら自分よりはるかに年上の部下にこう反論する。

「レスター指揮官。捜査というのは決めつけてかかり間違っていたらごめんなさいでいいんです。

確かにこの場合の捜査はある程度決めつけないと何も前に進まない。これは英才教育に関しても同じことだ。教育をはじめ、人間同士のやり取りに科学的根拠を用いて断定することなどできないからだ。物理、化学のように完成された自然科学や数学は人間を対象として成り立っているものではないので安心なのだが、精神医学、心理学、法学、経済学、文学など人間が直接対象となる人文系学問は科学とは言えない。むしろ、いい加減なものとさえ言える。

アレン・アイバーソン THE ANSWER [DVD]アレン・アイバーソン THE ANSWER [DVD]
(2006/03/03)
アレン・アイバーソン

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米国プロバスケットボール、NBAの選手の平均身長は2mだが、こういうのは才能とは言っても天才とは言わない。そんな大男達の中では小柄な180cmあるかないかという身長でNBAの歴史に残る選手と言えばアレンアイバーソンだ。
アイバーソンは背は低いものの、ルーキーの頃からあのマイケルジョーダンに「尊敬しない」と言って、果敢に一対一を挑む心臓と、全身がバネで瞬きするといなくなるといわれるほどの身体能力そのものが武器だ。
しかし、アイバーソンの最大の武器はクロスオーバードリブルと言われる攻撃で、左にドリブルし相手がついて来れなければそのまま抜き去り、ついてきたら右に高速ギアチェンジして抜き去るというものだ。

これは身体能力がものをいう対人競技であればどこにでも発生する概念で、例えば、野球でストレートがあるからこそフォークボールやスライダーが有効に機能し、ボクシングでボディブローがあるから相手のガードが下がり顔面へのパンチが有効になるといった具合だ。

SUPER STREET FIGHTER IV ARCADE EDITION 精進の書 (エンターブレインムック)SUPER STREET FIGHTER IV ARCADE EDITION 精進の書 (エンターブレインムック)
(2011/06/29)
アルカディア編集部

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日本が世界に誇るゲームの一つにカプコン社が開発した対戦格闘ゲームのストリートファイターというものがある。世界中にこのゲームの愛好家が存在するが本書はその最新作のスーパーストリートファイター4の戦術書。

対戦と言っても、コンピューターと対戦がメインではなく、人対人での対戦がメイン。この場合、スポーツと共通するところがいくつか存在するが、目で見てから指先で入力するまでの反応速度が非常に重要だ。
ただ、キャラクター同士の相性が存在することもあり(格闘ゲームは人間の能力とは関係の無い、あらかじめプログラムされた個性的なキャラクターを最初に選択する。)、不利な方はどうしてもリスクを取らなければならない場面が出てきてしまうのだ。

したがって、前述の対人スポーツ競技での場合と同様に、対戦格闘ゲームの場合はガードを左にするか右にするか、打撃技か投げ技かなどの選択を迫るから二択攻撃というわけだが、これはその子供の生まれながらの能力、才能がよく分からないというリスクを抱えるがゆえに、教育の世界に関しても大体同じようなことが通用する。
というのも、その子供に生まれ持った知的才能があるのかないのかという選択で、日本の場合、よほどの親の元に生まれてこない限りは、そんなものは全く存在しないと決めつけられてしまう。だから、それに漏れた子供を障害者とするのは今だにそのような古風でネガティブな教育、思想を支持して採用しているという証拠であるが、これを全く逆にする必要がある。
すなわち、全ての子供は生まれながらに知的な才能があると決めつけた教育に切り替えるわけだ。そして、それに漏れた子供は普通の子供としてそれにふさわしい教育に切り替えればよい。

ちなみに、この二択攻撃はスポーツの世界では聞かない用語。この重要な概念は確実に存在するが、それに該当する用語が見当たらないのは意外だ。

週刊 東洋経済 2011年 1/8号 [雑誌]週刊 東洋経済 2011年 1/8号 [雑誌]
(2011/01/04)
不明

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週刊東洋経済2011・1・8号p70において、サッカー界のカリスマ監督のモウリーニョ監督が紹介されている。このモウリーニョはサッカーのプロ選手の経験はなく、もともとはただの通訳だったが、その卓越した分析力を買われ、イングランドのチェルシー、イタリアのインテル、スペインのレアル・マドリードというサッカーを知らない人でも一度は聞いたことがあるような名門チームの監督として常に好成績を残した人物。

なんでも、モウリーニョはクラブ内の派閥を掌握するために主力選手と秘密会談を行ったり、スタジアムを掃除するパートの主婦にまで話を聞き試合当日にどういうスケジュールで掃除が行われるのかを知りたがるという。

さらに、子供のころから超エリートのスター集団にかける言葉がすごい。

もしオマエがこの役目を果たしてくれれば、俺たちのチームは間違いなく世界で一番になる。つまり、俺たちが強くなれるかは、オマエ次第なんだ。

特にイタリア人などは「今日も綺麗だね」と女性に平気で口にする民族だが、さすがにこのような言葉をかけてくれる監督はなかなかいない。
また、選手へのプレッシャーを軽減するために、あえてメディアを挑発するような態度を取って、自分に注目が集まるようにしているという。

うちの子のOOにこだわる障害を知ってくださいなどと躍起になっている恥ずかしい親が日本には多いが、時には子供の身代わりになって学校と戦い、「あなたの才能が開花すれば世界は間違いなく幸せになれる。つまり、世界が幸せになれるかはあなた次第なんだ」ぐらいのことは子供にサラッと言えるようになってほしいものだ。

DEATH NOTE (11)DEATH NOTE (11)
(2006/05/02)
小畑 健

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死神の落とした、名前を書いたらその者が死亡してしまうという凶悪なノートを巡る物語もクライマックスに向かい、決戦のためニューヨークから日本へ渡る天才少年ニアとその部下のレスター指揮官のやり取りは面白い。

ニア「レスター指揮官。一度NYへ戻ってきてもらえますか?私も日本へ行きます。」

レスター指揮官「一度?その間私がNYに待機ということか?」

ニア「いえ。私は一人で飛行機に乗る手続き等をした事がありません。一度戻ってもらい一緒に日本へ。

レスター指揮官「・・・・わかった・・」

パジャマを着ておもちゃで遊びながら指示を出す天才少年にスーツを来たいい大人が見事に振り回されている。基本的に頭脳の世界に年齢は関係無い。現実世界でもこのように大人が振り回されることも十分に考えられるので寛容な心と忍耐力が求められる。

なお、初めてだから一人で飛行機に乗れないなどは現実世界でも十分起こり得ることで、とりわけ、何かに熱中している時は煩雑な作業が億劫になる。だから、他者から見ればなんでもないことでも本人にとっては死活問題となりかねない場合もあるので注意が必要だ。
ただ、自分で着替えができないとかはさすがに私もどうかと思う。それでも、難解な物理、数学などに打ち込んでいる時などは大目に見るべきかもしれない。このあたり、ここまでなら許されるといった明確な線引きはできない。

また、科学者などは自転車に乗れないとかボールが投げられないなど運動神経が極端に悪いことなども割とよくある。これは生まれつきなのか、少年時代に外遊びに喜びを見いだせなかったのかは定かではないが、いずれにせよ、一流大学に在籍するただの秀才やお嬢様の類の人種にも十分ありえることだし、知的な世界では別に珍しいことではないのでそこまで気にすることはない。

「お母様」「お母様」
(2008/11/11)
ドクター・中松

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机の上から転がった消しゴムが見えなくなって、途方にくれている三歳児にそのお母様は、「私がさがしてあげます」でも「新しい消しゴムを買ってあげます」でもなしに

最後まで諦めずに探しなさい。きっと見つかります。なぜなら、熱力学、物質不滅の原理ありだからです

と言った。その瞬間、三歳児は物を大切にすること、諦めないことの大切さを学び、その部屋は物理学の教室にもなったという。

その後、五歳にして自動重心安定装置を取り付けた手づくりの模型飛行機を発明。そして、戦争真っ只中の昭和十七年、中学二年生にして、十分な食料も暖房もない台所で凍えながら醤油を移し替える辛そうな母を見て、「醤油チュルチュル」を発明。これが現在世界中で使われている灯油ポンプの原型となった。
これを発明するために、図書館で本来なら理工系の大学生になってから学ぶようなベルヌーイの定理、流体力学、サイフォン理論などを猛勉強をしたという。

この少年は後にドクター中松としてフロッピーディスク、パチンコ、カラオケ、ゴルフパター、ファクシミリ、人工心臓、燃料電池など様々な発明、特許に携わることになる。確かに、この方はどこまで本気なのか、どこまでが本当の特許なのかよく分からないとこもあるが、米国のロサンゼルスやニューヨークなど17市州が「ドクター中松デー」を法律で制定するなど世界からの評価も高い。

天才に授業や学校は必ずしも必要ではないし、年齢によって学ぶ範囲が限定されるなどということは絶対にあってはならないことなのである。頭脳の世界に大人も子供も関係ない。幼稚園児や小学生でも才能さえあれば難解な物理学や数学を学ぶことなど当たり前のことだ。

なお、ドクター中松のお母様は、東大には女性が入れないという戦前の時代の人であり、当時、女性の東京大学と言われた東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大)を主席で卒業した教育者である。だから、我が子に物理だけではなく、生物、歴史、地理、英語など様々な教養を教科書を超える範囲までユニークな形で与えて、子供の才能を開花させることができたとも言える。
もちろん、これぐらいできればパーフェクトだが、英才教育に興味があったとしても一般の親に学問を加工して子供に授けて興味を持たせなさいというのは酷な話だ。このあたり、たとえその能力が無くても恥じるべきことではないし、ましてはそれが悪いことではない。そんな難しいことは私にはできないと開き直って笑い話にすればいいのである。どうも、このあたり罪悪感を感じている誤解した親が多いのが気になる。勇気がいることなのかもしれないが開き直ってほしい。そうすれば、それが可能な誰かに頼むという気持ちが芽生えるものだし、それをサービスとして提供しようとする者も現れるだろう。もちろん、一番やってはいけないのは、自分の能力を超えることを清く認めず、現実から逃げて児童精神科医などという安易な道に逃避することである。

また、永六輔の両親もDr中松の母親も、我が子に才能が有るのだと科学的根拠や確信があって英才教育を施したのではなく、たまたま生まれながらの才能がある子供に英才教育がヒットしただけなのである。

波瀾万丈―辰吉丈一郎自伝波瀾万丈―辰吉丈一郎自伝
(1994/11)
辰吉 丈一郎

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著者は辰吉丈一郎。日本の歴代のボクサーの中で最も人気があり知名度が高い人と言える。その辰吉は子供の頃から父親に「なんでもいいから一番になってみろ」と言われて育ったという。辰吉は父の死後、リングに上がる際には背中にこの父の写真を刻んでいたことからも本人は尊敬しているようだ。もちろん、これも英才教育に必要不可欠な親からの立派な帝王学でありその結果、喧嘩で一番になったわけだが、なんでもいいからというのはやはり頂けない。ちなみに、辰吉は勉強に関しては下から一番を目指していたという。

すべての人間が知的な分野で活躍できるはずもないしその必要もないので、スポーツあるいは芸能などの分野で、その才能がある人はその才能を発揮することはとても重要なことだ。しかし、スポーツや芸能分野で活躍している者達は親や教師からの体罰は当たり前の環境で育っていることも多く、論理が通用しない者も多いのが現実だ。むしろ、だからこそこの分野が成り立つ側面があることも否めない。このような分野は英才教育で最優先されることではないが、一般の人は知的な才能よりも彼らを尊敬し憧れることも多い。極めて危険なことなので注意が必要だ。

知的な才能をスポーツや芸能の世界に応用することは可能と言えば可能であるが、あくまで学術や芸術を優先させ、副産物としてのスポーツや芸能でなくてはならない。

淋しきカリスマ堤義明淋しきカリスマ堤義明
(2005/01)
立石 泰則

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堤義明とはその父の堤康次郎と共に西武帝国を築いた人物だ。その資産はバブル期には四十兆円を超えたともいわれ、堤義明は米国の経済誌「フォーブス」から世界一の金持ちと名指しされ、堤家は日本のケネディ財閥かロックフェラーと呼ばれた。そして、康次郎から受けた帝王学は高齢世代を中心にそれなりに有名である。

堤義明は堤康次郎と石塚恒子の間に生まれた。康次郎は強引で詐欺まがいの土地取引もさることながら手当り次第に女に手を出し、複数の女性との間に子供を作り、愛人の数は自他共に誰も分からないほどという漫画のような人物である。堤義明はその複雑な家族関係の中に生まれた子供の一人である。もっとも、康次郎の背景には、母親の温かさを知らずに育ち、母親から棄てられたという意識を持つほどの過去が存在している。
こんな康次郎だから、当然、子供の接し方も酷かったのは想像に難しくない。康次郎は絶対君主そのもので、出かけるときは義明をはじめ使用人全員が正座で見送られ、帰ってきたときには同じく全員が三つ指をついて迎えた。食事の際の箸の上げ下げも詳細に決められほどで、おかずにかける醤油の量を間違えただけで容赦無い叱責と折檻が飛んだ。布団や絹も贅沢だと使わせてもらえなかった義明の対応が気に入らないと康次郎に蹴飛ばされ、その拍子に父親の顔を見ていないとまた叩かれた。つまり、暴力を受ける際でも、絶対に康次郎から目を離してはいけなかったのだ。極度の緊張の連続で食事の際は味わうどころか食べた味すらしなかったという。

母親にしか肉親という感覚を持たなかったと断言する義明には小学校以前の記憶が全くないという。暴君と一緒に暮らし、その姿が現れたとたん、それまでの記憶が消え去ったからだ。しかし、義明は最後まで康次郎の手法で事業を続けた。
「私と父親のかかわり方は特殊です。だから、私の経営のやり方も特殊です。私が自信をもって経営できるのは、父親の思想でやっているからです。それでうまくいかなくてもどうってことない。」

しかし、時代は変化しバブルが弾け環境問題がクローズアップされる。西武グループの経営手法はやり玉に挙がった。「環境破壊のコクド」、「ハワイを荒らすショーグン堤義明」と非難され、やがて康次郎の思想を受け継いだ堤義明は引退を余儀なくされる。

戦前や終戦直後の復興期そして高度成長期といったモノが無い時代では欲しいものがたくさんあって当然だから、ある程度適当なものであっても何でも売れる時代と言える。ここに才能は必ずしも必要無い。むしろ天才の善なる思想は邪魔なことも多い。したがって、起業家や事業家もそのすべてが天才かと言えばそんなはずもない。このあたり、学者や芸術家に比べ、著しく天才の割合の低い分野ではスパルタ教育のような最低な行為が横行しているものだ。彼らを天才であるなどと間違ってはいけないし、スパルタ教育を英才教育と勘違いしてしまうと大変なことになるので注意が必要だ。
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プロフィール

藤家孟志(ふじいえたけし)

Author:藤家孟志(ふじいえたけし)
アスペルガー問題を研究している一般の男です。

この研究を基に、アスペルガーの世界に迷い込んでしまった人を一人でも多く普通の世界に連れ戻すことができたら幸いです。

何かありましたら  fuzietake@gmail.com  までよろしくです。

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