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アスペルガー問題

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新潮45 2008年 01月号 [雑誌]新潮45 2008年 01月号 [雑誌]
(2007/12/18)
不明

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新潮45・2008一月号の児童精神科医の石川憲彦氏による、「発達障害児はこうして作られる」が、こういうまともな大人もいるのかと何かホッとさせてくれる。石川氏は、発達障害者支援法も含め、脳がどうこうと言いがかりをつけて何でも適当に診断をつける現代精神医学の現状を本気で嘆いておられる。その代案としての英才教育には触れていないようだが、今後に期待したい。

SAPIO (サピオ) 2011年 11/16号 [雑誌]SAPIO (サピオ) 2011年 11/16号 [雑誌]
(2011/10/26)
不明

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有力硬派系雑誌の一つ、SAPIOにおいて、医療ジャーナリストの伊藤隼也が発達障害児の向精神薬の処方で脳に薬が蓄積されると警笛を鳴らしているので、重要なところを編集して紹介する。

2011年3月、厚生労働省の研究班が全国の小児神経専門医など1155人に「発達障害」がある子供への向精神薬処方を聞いたアンケート結果を共同通信が報じた。回答した618人のうち約3割が小学校入学前の幼児に向精神薬を処方しており、小学校低学年(1~2年生)まで含めると5割以上、高校生まで含めると7割を超えた。

そして、ここでも石川憲彦氏が登場し、麻薬や覚せい剤と同じく脳の中枢神経に作用する向精神薬の子供への処方を牽制している。

また、横浜カメリアホスピタル児童精神科の清水誠医師は、そもそも落ち着きがない、問題を起こすといった子供の行動をすべて医療の問題とせず、病院で安易に薬を処方するより、家庭や学校で子供の特徴を理解し、成育環境を整える努力をまず最初にすべきであると、助言されている。

さらに国連児童の権利委員会が、日本ではADHDが「主に薬物によって治療されるべき生理的障害とみなされ、社会的決定要因が適切に考慮されていないこと」に懸念を表明。ADHDにおける研究が「製薬産業とは独立した形で実施されること」を求める勧告を出した。
この勧告が指摘するように精神科医療には常に製薬産業の影がちらつく。「精神病」の診断において、世界中の医師が参考にしているのは米国精神医学会が作成した「精神疾患の診断統計マニュアル」(DSM)だ。2006年、米マサチューセッツ大学のリサ・コスグローブ博士がDSMと製薬会社の”不適切な”関係を指摘した。コスグローブ博士はDSMの改訂版作成に関わった専門家170名のうち95名が製薬会社との間に「研究資金」「コンサルタント料」などを名目とする金銭的なつながりを有していたと報告。特に「気分障害(うつ病を含む)」「統合失調症および他の精神病性障害」の項目においては、執筆した専門家全員が製薬会社と金銭的なつながりを持っていた。
精神疾患はいかなる血液テストも存在せず、医師はDSMを頼りに診断を下すことが多い。そのDSMは改訂版が出る度に病名が増えている。そして、新しい病気には、もちろん向精神薬が有効とされているのだ。

国連の勧告にもかかわらず、日本では現在、発達障害の「早期介入キャンペーン」が盛んに行われている。精神医療における早期介入とは、精神疾患を発症する前の段階で、医師が診断・治療することによって、発症を回避したり、発症しても軽度で済むようにしたりできる、という建前で行われている。

アスペルガー問題とは、何かと都合の悪い天才児を親、教師、医師らが結託して、アスペルガーという名の障害者に仕立て上げる社会現象のこと。個々のレベルでは古今東西いつでもどこでも起こり得るが、全国規模の普遍的な社会問題となっている国は世界広しといえど日本だけである。

エジソンの母 DVD-BOXエジソンの母 DVD-BOX
(2008/05/21)
伊東美咲、坂井真紀 他

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漫画ちび丸子ちゃんの主題歌・踊るぽんぽこりんの歌詞に「エジソンは偉い人そんなの常識」とあるように、日本ではなぜか米国人発明家のエジソンが偉人の代名詞的存在であり、その伝記を読まなかった人は少数派と言えるだろう。

エジソンのざっくりとした説明が終わった後、我が子がノーベル賞を受賞する夢を見ていた母親が目覚めるところから物語は始まる。その子供は授業中に教室を飛び出したり、女子生徒にミミズを食べさせようとしたりする生徒で、家庭の事情で転校することとなった。

その初日の算数の授業でいきなりやってくれる。みかんを出して1+1=2であることを説明する担任教師(伊東美咲)に対して、片方のみかんを半分にしてから足せば1+1=3になり、さらにみかんを分解すれば1+1はもっともっと大きくなると詰め寄られる。ちなみに、この問題に関してはこちら

そして、それを肯定する担任の恋人兼大学教授(谷原章介)と校長、それを排除しようとする主任と保護者代表などが加わり様々な問題を提起する教養ドラマとなっている。もちろん、誇張もあるが、天才児をめぐる日本の教育現場がいかに低レベルで混乱しているかは非常に明確だ。分かりやすいという意味では非常にありがたいドラマなので、ちょっと値段が高いが是非、買って欲しい。このような良質な作品が評価されなければ日本社会はよい方向に進むわけがない。このような作品を買うことは社会貢献を目的とした寄付同様なのである。寄付と投資の文化があるとは言えない日本において、非常に重要な考え方だ。

本作品はアスペルガーなどの精神医学用語は一切出てこない。もちろんこの仕掛け人がアスペルガー問題を知らないはずはないので、もうちょっと踏み込んで欲しかった。ちなみに、このプロデューサーは山口雅俊といって、この他にもカバチタレや不機嫌なジーンなど、相当な教養がないと作れない社会派作品を多数手掛けている。今度も期待していこう。

心にしみる天才の逸話20―天才科学者の人柄、生活、発想のエピソード (ブルーバックス)心にしみる天才の逸話20―天才科学者の人柄、生活、発想のエピソード (ブルーバックス)
(2001/02)
山田 大隆

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著者は山田大隆・酪農学園大学教職センター教授。北海道大学生だったころから科学史に興味をもち、科学者や技術者の人物伝を中心に研究を続け、科学史関連の蔵書は一万点を超えるという。
本書はニュートンに始まり北里柴三郎まで計20人の自然科学系の偉人伝によって構成されているが、アインシュタインとエジソンの章でADHDという単語が使われている。病跡学という精神医学者による怪しい偉人伝にはこの手の精神医学用語が当然使われるのだが、山田氏に精神医学関係の団体に所属した経歴は見当たらないのでそういう意味で貴重な本と言える。

天才はとりわけ幼少時はしばしば不器用で問題児であることが多いのは常識と言えば常識だが、アインシュタインはその典型でものごとを考えるのにあまりにも時間がかかりすぎいわゆるキレル子供でもあった。そのため、ギムナジウムという学校に適応できずにいたアインシュタインを本書のP38でこう分析している。

今日、教育心理学でADHDという言葉がある。Attention Deficit Hyperactivity Dis-orderの略で、注意欠陥多動障害といわれ、ふだんは手に負えない問題児だが、関心のあることに集中したときには抜群の能力を示す子どもを指していう。アインシュタインには、多分にこのADHDの傾向があったと思われる。」

また、P100で、エジソンがその知的好奇心から学校に対応できずに、才能に理解の無い教師にエジソンの母親が失望しわずか三ヵ月で学校をやめさせたというあまりに有名なエジソンの少年時代のエピソードの際にも、アインシュタインと同様にADHDと称している。

さらに、天才科学者の不思議なひらめきという山田氏の他の偉人伝本のP78において、授業改善計画を教師に突きつけ退学処分となった高校生時代のレントゲンに関しても、「天才肌の人物に多いADHD型の人格の持ち主であったと考えられる」と記述がある。ちなみに、レントゲンとは、X線の発見によって第一回ノーベル物理学賞を受賞した物理学者で「レントゲン」の生みの親である。

ADHDとアスペルガーの明確な分類は不要なのでアスペルガーへと集約させてもらうが、ここである疑問が沸いてくる。それは、変人で有名なニュートンやダーウィン、小学校にも行っていないことでもそれなりに知られるファラデーなどの偉人に関してはなぜかアスペルガーと称されることは少ないということだ。

結論からいうと、これは当事者の特性に大きな差異が存在するわけはなく、後天的な環境が違うからだ。ニュートン、ダーウィン、ファラデーはイギリス人であり、アインシュタイン、レントゲンはドイツ人だ。一般的にイギリスは変人に寛容で、彼らをそれなりに大切にする文化があり、ドイツは日本ほどではないがヨーロッパ諸国の中では非常に厳格な国だ。また、エジソンが少年時代を過ごした19世紀中ごろの米国は建国間もないピュータリズムの激しい時代だった。

山田氏はエジソンの章でこうも言っている。

学校教育制度が整備され、集団でのしつけの厳しい日本やドイツなどでは、こういう子どもは学校で問題児として浮いてしまい、たいていは潰されてしまう。その結果、反社会的となって酒に溺れたり、犯罪者となってしまう場合すらある。

つまり、近年、日本ではアスペルガーと呼ばれる子供が全国レベルで問題になっているが、これは日本の教育体制が世界的に見ても極めて厳格だから起こるのだ。厳格な教育体制の日本ではこれが天才分別装置として機能しているのである。

ただし、注意してほしいのは日本はこのような子供が増えているから将来は絶望的だと考えてはいけない。確かにこのままでは絶望的だが、変わる勇気さえあれば、むしろ、大チャンスである。というのも、この分別装置を日本の専売特許として逆に有効活用していけば、天才活用システムがある程度構築されている諸外国よりも優れたシステムを築くことが可能だからだ。外国では、慢性的な格差問題や高犯罪率なども災いし、日本特有の平和ボケだからこそ起きたこのようなチャンスは中々巡ってこない。日本が世界に先駆けて模範的なシステムの構築を目指すべきだ。

また、歴史に残る科学者や技術者などは普通であるわけがないのはもちろんだが、これは汎用な理系人間や芸術家でも同じことだ。何も歴史上の人物だけが普通でないわけではなく、天才にも色々なレベルの人間が存在しそれは身近に多くの割合で存在することを忘れてはならない。

天才はなぜ生まれるか天才はなぜ生まれるか
(2004/04/08)
正高 信男

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著者は正高信男という京都大学霊長類研究所教授。アスペルガー問題に非常に関心が高く、かつアスペルガーを肯定的に捉える数少ない論者の一人。

本書は世界の6人の偉人伝で構成され、多動、学習障害、アスペルガーに関して脳科学など科学的見解を交えて述べている。脳科学などはいまだ発展途上の学問であり疑問が残らないわけではない。しかし、ウォルトディズニーは父親に扱き使われた反動からディズニーランドを創始した話は個人的に非常に感動した。そして、見逃せないのは、エジソンの母に関する記述である。

エジソンの伝記を読んだことがない人はそんなにいないと思われるが、さすがにエジソンの母親の職業を記憶している人は少ないだろう。大半の伝記にはエジソンの母親は教師の経験があったと記述されている。だから、エジソンが問題を起こして学校をわずか3ヶ月で辞めても偉大な人になれたという論法なのだろう。しかし、正高氏は、実際にはエジソンの母親のナンシーは17歳で結婚した人物でその事実は皆無だということを突き止めた。そして、偉大な発明家が学校を辞めた問題児だと具合が悪いので、教育者が確信犯的に史実にはないキャリアをでっちあげる羽目になったと推測している。さらに、エジソンが学校の授業についていけないほどボゥーッとしている天性の資質を備えていたからこそ、発明王として後世に名の残る人物になったことなど、教育関係者には、夢にも想像できなかったと指摘している。

また、P150では研究者のなかには多動傾向が多いという印象を持っていると語っている。なんでも正高氏と脳科学者の茂木健一郎を含む4人の研究者で特定の時間を決めて集合するというのは至難の業であるらしい。そして、京都大学、東京大学、ソニーもよく私たちのような者を雇っているものだと思うとやや自虐的ながらも、多動の人間が研究ということになるとそれが長所になることは珍しくないと付け加える。天才と狂気は紙一重であることを当事者として自覚する境地に達したごく一部の人間ならではの見解であろう。
なお、正高氏は他の書物で現代日本の父親による父性欠乏症の子供の増加を指摘していて、「ケータイを持ったサル」、「考えない人」、「ウェブ人間退化論」、「ゲームキャラしか愛せない脳」など、日本庶民に対して挑発的な著作を出し続けているがこれには訳があると私は考えている。インテリであれば多少なりとも現在の日本社会に対してイライラするものだが、正高氏の場合、当事者としての経験を活かし、アスペルガーの人間を救いたい、また研究者としてそれを社会に還元したいという欲求があるからではないか。

日本は文系社会であり、本来なら主役であるはずの科学者や技術者の存在すら知らない者も多い。アスペルガー問題に巻き込まれるのはその大半が理系人間だから、このこととアスペルガー問題は当然無関係ではないだろう。

墨攻 [DVD]墨攻 [DVD]
(2007/07/27)
アンディ・ラウ、アン・ソンギ 他

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紀元前、春秋戦国時代の中国には儒家と勢力を二分した墨家という謎の集団が存在した。まだ解明されていない部分も多いが、「非攻」「兼愛」の精神を説き自ら戦を仕掛けることは否定するが、仕掛けられた戦においては高度な戦術で守り抜くという墨家集団の特異な思想は理知的で玄人好みである。

その数10万という趙軍に攻められようとしている梁も墨家に救援を依頼する。しかし梁に現れたのは革離という質素な男ただ一人。しかし、梁軍は4千と桁違いな脆弱ぶりだが、革離は民衆から集めておいた糞尿で火を消すなど独創的で実利を重んじる様々な戦術や心理戦を駆使し守り抜いてしまう。
しかし、家来や民衆たちからその実力と理知的で決して驕らない振る舞いから英雄視される革離のことを妬み、そして恐れ、権力ばかりで何の取り柄もない梁の王は「革離は梁への協力と見せかけ民衆を煽り王位を奪おうと謀ったのだ」と言いがかりをつけて革離を締め出してしまう。また、これに異を唱え革離を庇う家来も容赦なく残虐な刑に処するのだった。

最終的には革離は孤児と共に平和を説いて回り、梁の王はまもなく民の怒りを買い、殺される設定になっているが、全体的に善人、正直者が報われない描写が多い。その神秘的なまでの善を基盤とした理知的な墨家の革離をアスペルガー、そして腹黒く偽善な梁の王をアスペルガーという免罪符を振りかざす親、教師、精神科医に見立てることが可能であろう。

X-MEN クアドリロジーBOX (初回生産限定) [DVD]X-MEN クアドリロジーBOX (初回生産限定) [DVD]
(2011/05/27)
ヒュー・ジャックマン

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XMENはシリーズを通して、突然変異によって生まれながらに超人的能力を持つミュータントと、彼らを恐れ排除しようとしたり、受け入れようにもどうにもうまくいかない一般の人間との間の互いの苦悩と葛藤を描いたヒューマンドラマである。決して、格闘シーンだけが売りの汎用なハリウッド映画ではない。
ここでいう超人的能力とは金属や火炎を自在に操る、テレポーテーショーンする、稲妻を呼び起こすなどといったリアリティのないものでそれを用いたアクション映画でもあるが、現実世界に数多く存在する少数派肯定の失敗の歴史を描いているといえよう。

XMEN2ではミュータントの根絶を目論む軍事科学者と、人間との共存を掲げる正当派ミュータントの戦いを描く。この軍事科学者の息子は幻覚を見せる能力を持ったミュータントであり、突然変異は親のせいだと両親に幻覚を見せて苦しめその挙句に母親は自殺してしまう。この経験がミュータント根絶のエネルギーになっているわけだ。生まれながらの悪など存在せず、犯罪者の過去にはこのような悲惨な経験があることを忘れてはいけない。

正統派ミュータントの一人に氷を自在に操る能力を持つアイスマンがいるが、自宅でのその親とのやり取りは非常に味わい深い。息子がミュータントだと知った母親は「あなたを愛しているのよ。でもミュータント問題が・・・普通の人間になれないの?」と最も当事者を傷つけることを言ってしまう。この場面は、日本に蔓延している、アスペルガー児とその親との家庭の中での深刻な日常を垣間見る思いがした。

XMEN3では、人間によるミュータント排除の動きは一層強まり、ミュータントは我々と同じ人間だが彼らの苦しみは単なる病気のせいだとミュータント治療薬の開発に至る。
この薬の開発者の息子は背中に翼を持ったミュータントであり、その治療の第一号になる予定だったがそのシーンは感動ものだ。「これで幸せに暮らせる。我々の願いだ」という父親に対して「違う。それは父さんの幸せのための願いだ。」と切り捨て、治療を拒否しその翼で羽ばたいていく。

そして、治療薬の開発を喜ぶミュータント、「そんなのめちゃくちゃだ。ミュータントは治療するものじゃない。私たちは治せない。なぜなら治すものじゃないからだ。」と反発しながらもあくまで人間との共存を目指すミュータント、もう許せないと人間との闘いを決意するミュータントと様々な利害と思惑が交錯する。

「ミュータント」は「アスペルガー」に置き換え可能だが、アスペルガーとの違いはその能力を開花させるのに徹底した環境での涙ぐましい修行が必要でないということだ。現実世界ではどんなに素晴らしい才能を授かって生まれてこようと親の協力を得ずに才能を開花させることは絶対に不可能である。XMENは日本のアスペルガー問題を反映している作品といえるが、そこだけは注意してもらいたい。
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.11 2011 アスペルガー問題 comment1 trackback0
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プロフィール

藤家孟志(ふじいえたけし)

Author:藤家孟志(ふじいえたけし)
アスペルガー問題を研究している一般の男です。

この研究を基に、アスペルガーの世界に迷い込んでしまった人を一人でも多く普通の世界に連れ戻すことができたら幸いです。

何かありましたら  fuzietake@gmail.com  までよろしくです。

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