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世俗大衆に殺された天才

2012年現在、アスペルガーの世界に迷い込んでしまったお父さん、お母さんの世代なら尾崎豊を知らない者は少ないだろう。最近の子供たちは知らないことも多く、知っていても「なんであんなに熱いの?」というぐらいだという。

改めて説明するまでもない人物だが、尾崎豊を知らない人でも彼の代表曲の「十七歳の地図」や「15の夜」を聞けば、大体どんなタイプの人なのか分かるだろう。

十七歳の地図十七歳の地図
(1991/05/15)
尾崎豊

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彼の死後からもうだいぶ時が経過しているが、アスペルガー問題の研究において考察対象にしないわけにはいかない人物である。

尾崎豊の関連本は数多いが、実兄の尾崎康による本を紹介したい。

弟尾崎豊の愛と死と弟尾崎豊の愛と死と
(1994/04)
尾崎 康

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それでは、

1、現代でいうところのアスペルガーに該当すると思われる言動
2、母親の接し方
3、尾崎豊が色男(イケメン)であること

の3つの角度から抜き出して分析していきたい。

1、現代でいうところのアスペルガーに該当すると思われる言動

少年時代
P47、小学生の頃、後に東大の生物学科に入学したカビを飼って観察している友達のことを尾崎豊はよく話題にしていた。
P60、小5の時、学校を抜け出し秋葉原にアマチュア無線の機械をながめに行った。
P62、「無縁坂」をギターの弾き語りで歌う。照れないところが普通でないように思えた。
P64、堂々としたもののいいかた、自信に満ちた態度を見せるようになった。しかし、その一方で、どうしようもなく苛立っている様子を見せることもあった。また、おそろしく真剣な顔つきで考え込んでいることもあった。
P65、中学に入り、授業中いきなり手を挙げて「先生、先生はいったいどういうポリシーを持って授業をやっているんですか。そこをまず聞かせてください。」とやった。
P66、尾崎豊の指導に熱意のあったK先生に田舎に行くことを奨められ、後に田舎暮らしのことを語っていて、K先生が亡くなったときはニューヨークから戻るとすぐに線香をあげに行った。
P68、実力試験に強いタイプで青山学院高等部に合格。
P73、青学に母親が呼ばれた回数は、中学時代に輪をかけて多かった。喫煙や窓ガラスを割る、酒を飲んでケンカなどの問題行動のため。
P75、不良ではなく納得できないという気持ちが臨界点を突破すると切れる。
歌手時代
P102 「商品」のように扱われることは、おそらく一番不快なことであったにちがいない。
P134 事務所側の「管理」しようとする姿勢に、やっぱりここもか、という不満を抱いた。
P139(P26)「運転不適格者」といってもよいほどよく事故を起こす。
P149 アーティストに対するスタッフの猿回しのような態度に本能的に恐怖し、全存在をかけて立ち向かっていった。

これは現代でいうところのアスペルガータイプの人間にはどれもよくあることなのだが、まず、尾崎豊はいわゆる「不良」ではないことだけは理解して欲しい。基本的に不良は勉強などしないしできない。カビを飼うような者とは友達にはならないし、無線や田舎に興味など示さない。だから、尾崎豊の問題行動は正しい方法で訴える力を持ち得ていない天才からの改善要求と捉えなければならない。権力と全身全霊をかけて闘い抜くことは天才の定義の一つなのである。

さて、ここからが本題と言えるのだが、

2、母親の接し方、が分かる記述を見てみる。

P52 あえて率直な感想をいうなら、「普通の育てかただった」ということに尽きる。尾崎家の場合、極端な過保護型でも、極端な放任型でもなく、異常なほどに厳格だったというわけでもない。要するに、とくに変わったところはなかったと、僕には思われる。
P53 母について、一つ思い当たること、「ウチの母親はヒステリックに怒るときがる」、ということだ。とにかく、怒り出したら頭のてっぺんから出るようなキンキン声でどなりつけるのだ。高校を中退して家を出ていくまで、「ユタカ!」とどなる声は何回響いたか。 

時代が時代とはいえ、こういう母親が問題とならないようでは問題なのだが、他にも両親とも、どちらかと言えば標準よりもやや真面目なタイプだったことが分かる記述がたくさんある。父は自衛隊事務官(公務員)でそのかたわら明治大学の夜間部に通い、母は倹約家で入学資格検定のための勉強をした。ただし、国家試験や大学受験は母の脊髄の病気により断念している。

簡単にまとめると、日本の一般家庭レベルを考慮すれば兄の康が強調するように問題のある家庭ではないが、天才を育む環境になかったことも確かだ。この本を読む限り、尾崎家が普通であることはある程度強調されていると言えるが、教養のある家庭とも言えず、ましてや天才、特別な人間を育む環境に対する意識が全く感じられない。つまり、この本が出版された1994年の段階では、兄の康は、その問題があるとは言えない家庭こそが元凶であり、そのことに気づいている様子は窺えない。天才にいわゆる普通に接してはいけないのである。

最後にあまり重視されることはないが英才教育という視点からは極めて重要な側面から分析してみたい。

3、尾崎豊が色男であること

P63 中学二年生の頃、豊はメキメキとおもしろくなり、また、男っぽくなっていった。バレンタイン・デーにもらったチョコの数は、相当な数にのぼった。文化祭では、ギターの弾き語りをしたそうだ。

これは本の記述内容よりもイメージで十分だと思う。尾崎豊は誰が見てもイケメンだし、背も高く、歌詞作りやギター弾き語りが天才的となればモテないわけはない。女性には困らなかっただろう。

それがなんだと思われるかもしれないが、美男美女は世俗大衆の世界では得をする存在として扱われるが、天才の世界では99%それは足枷になる。だからあえて取り上げているのだ。
「色男 金と力はなかりけり」などと言われるが、天才が能力を発揮するのを色気は容赦なく邪魔をするからだ。天才にとって色気は日本の教育制度、社会システムと同じぐらいの天敵と言える。天才は能力を発揮することだけを目的に生きることを宿命づけられた存在だ。それを邪魔するものはどんなものでも排除しなければならない。そうでないと廃人になってしまう。しかも、美男美女は周囲からは同情されるどころかむしろ嫉妬の対象にさえなるのだから怖い。周囲からチヤホヤされている間にみるみるうちに快楽に侵され、誰も気づかないうちに手遅れになっていたということになりかねない。

尾崎豊は東京の都会育ちであり都市型の少年時代を過ごした。都会とは快楽を追及する場所とも言えるが、派手派手しい俗受けするミュージシャンではなく、田園風景の広がる物静かな山小屋を活動拠点とする世捨て人的な詩人にでもなるべきだったのかもしれない。

そして、尾崎豊についてこうも書かかれている。

P199 僕は、「第二の尾崎豊」は出現し得ないと考えている。
P216 豊のようなタイプは、どんな家庭からも出てくる可能性はあると思う。

最後のP216は補足が必要だ。兄の尾崎康は「世の中の母親たちとを照らし合わせてみても、母の育てかたになんら特殊なところは見出せない。母は晩年まで僕からみてもみっともないと思うくらいに、豊のことを気にし、手助けした。」と語っている。これは家庭環境が悪いから、尾崎豊になったのではなく、それが先天的な才能であるのだということを言いたいのだろう。

しかし、繰り返すが、尾崎豊のような天才児が生まれてきたら普通に接してはいけないのである。日本の一般的な教育方法に比べて特殊なところを見出せないのではおかしいのだ。天才にとって、日本の小うるさい母親による過干渉は最悪のものである。
小言を言ったり、怒鳴ったりするのはラクだ。しかし、あえて何も言わずに静かにしているのには大変な勇気と忍耐力がいる。ちなみに、本書には母親は兄弟に対して、キレることがしばしばあったとも書かれているので、すでに死亡した人を悪く言うつもりはないが、英才教育という視点からみるとおおよそ点数のつけがたい接し方をしていたのではないかと疑わざるをえない。
このような育て方は普通の子にはありだ。というより、普通の子であればどんな教育をしてもそれなりに育って自立する可能性が高いからどんな教育でもありになってしまうのが現実だ。

世俗大衆は天才の対極に位置するものだが、母親の過干渉と、生まれながらの色男ぶりが災いし、俗世間に担ぎ出されてしまった感はやはり否めない。

華やかすぎる短い人生だったが、少年時代からスターだったこともあり、周囲に理解されることもなく本当に苦しかったと思う。

尾崎豊という大天才が受け続けた苦しみを無駄にしてはいけない。

参考資料
尾崎豊 目覚めゆく魂―母と子の物語尾崎豊 目覚めゆく魂―母と子の物語
(2001/01)
尾崎 健一

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親愛なる遥いあなたへ―尾崎豊と分けあった日々親愛なる遥いあなたへ―尾崎豊と分けあった日々
(1998/05)
尾崎 繁美

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.10 2010  尾崎豊 comment1 trackback1
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プロフィール

藤家孟志(ふじいえたけし)

Author:藤家孟志(ふじいえたけし)
アスペルガー問題を研究している一般の男です。

この研究を基に、アスペルガーの世界に迷い込んでしまった人を一人でも多く普通の世界に連れ戻すことができたら幸いです。

何かありましたら  fuzietake@gmail.com  までよろしくです。

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