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狂気を欠いた天才はいないのか

天才とキチガイ(狂気)は紙一重・・・狂気を欠いた天才はいない・・・

大昔から語り継がれてきたことである。

狂気 (〈一冊でわかる〉シリーズ)狂気 (〈一冊でわかる〉シリーズ)
(2006/11/28)
ロイ ポーター

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狂気の歴史は人類の歴史と言っても過言ではない。紀元前5千年頃の頭蓋骨には石器で丸い小穴がくりぬかれていたものもある。頭に穴を開けて取り憑いている悪魔を逃がしてやろうと思われた人間がいたのだ。

数学や音楽にも歴史があるように狂気にも当然歴史があるわけだが、本書は古代から現代の精神医学に至るまで、西洋での狂気の歴史を分かりやすく網羅し、狂気は犯罪、宗教、精神医学とセットであることを教えてくれる。そして、「天才」という単語もしばし出現する。

しかし、そもそも狂気とはなんだろうか?

「狂気」を辞書で引くと精神状態が正常でないと出てくる。「正常」を引いてみると、特に変わったところがなく普通の状態であることとあり、その反対語に「異常」と出てくる。「異常」とは何かを引いてみると並外れたところのあるさまとあり、好ましくない意を込めて使うことが多いと注釈がある。

つまり、狂気とは普通の人が並外れたところのある者を、主に白い目で見る際に使うのだ。

しかし、並外れたところのある者とはいえ、どこからが「並外れたところ」なのか結局分からない。時代によってその基準が異なるだろうし、個人の判断能力にも大きく左右される。

とはいえ「狂気」の対象者が少数派でなくてはならないことだけは確かだ。全体の二割がそれに該当するというならそれは並外れた何かとはとても言えないだろう。

TVや新聞で登場する人物はそのほとんどの場合において世間一般では少数派と言える存在ばかりだ。屈強の肉体を極限まで鍛え上げたアスリート、普通の人よりは顔とスタイルのいい俳優、育ちのよすぎる政治家、声がよく歌がうまい歌手、OOに詳しい専門家、アイデアと行動力に秀でた起業家などなど普通の人が持ちえない何かを持っている者ばかりで、普通の人がTVや新聞で取り上げられるのは事件の時と地方欄のおくやみぐらいである。

知的能力とはなんら関係の無い人間も多いが、彼らは多くの場合、ヒーローあるいは模範とされるべき人物像であり、狂気を帯びた者とは扱われない。狂気よりもそれは天才として扱われることの方が圧倒的に多いだろう。

結局のところ狂気など厳密に定義できるわけがないのである。

真の狂気を定めようとすることこそ、まさしく狂気の沙汰」。

シェイクスピア作中のポローニアスは核心を突いていたといえよう。

同時に天才を厳密に定義できるはずもない。天才も狂気と同様に適当なものとしか言いようがない。

ただ、よくよく見渡してみれば、巷には「天才」の文字があふれかえっている。世間一般に認識されるよりも、先天的な知的能力を持つ者は身近な存在だといえることも確かだろう。

結局のところ、それを狂気と取るか天才と取るかはその周囲の者次第なのだ。

なお、日本と東洋における狂気の歴史の本も紹介しておく。

日本の狂気誌日本の狂気誌
(1990/06)
小田 晋

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東洋の狂気誌東洋の狂気誌
(1990/07)
小田 普

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.10 2010 狂気 comment0 trackback0
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藤家孟志(ふじいえたけし)

Author:藤家孟志(ふじいえたけし)
アスペルガー問題を研究している一般の男です。

この研究を基に、アスペルガーの世界に迷い込んでしまった人を一人でも多く普通の世界に連れ戻すことができたら幸いです。

何かありましたら  fuzietake@gmail.com  までよろしくです。

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